大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)271号 判決 1948年6月23日

主文

本件各上告を棄却する

理由

被告人川島己之吉辯護人高安安寿上告趣意第二點について。

憲法第三八條第二項において「不當に長く抑留若しくは拘禁された後の自白はこれを證據とすることができない」と規定している趣旨は、單に自白の時期が不當に長い抑留又は拘禁の後に行われた一切の場合を包含するというように形式的、機械的に解すべきものではなくして、自白と不當に長い抑留又は拘禁との間の因果關係を考慮に加えて妥當な解釋を下すべきものと考える。さればといって、(一)不當に長い抑留又は拘禁による自白であることが明かな場合すなわち自白の原因が不當に長い抑留又は拘禁によること明かである場合を包含することは當然であるが、かかる場合のみに限ると解することは、被告人に對する保護としては餘りに狹きに失する嫌がある。次に、(二)不當に長い抑留又は拘禁によるか否かが明かでない自白の場合すなわち自白の原因が不當に長い抑留又は拘禁であるか否かが不明である場合をも包含するものと解すべきである。なぜならば、かかる自白に證據力がないとするために、被告人は常に因果關係の存在を立證することを要するものとすれば、それは被告人に難きを強ゆるものでむしろ酷に過ぎることとなり被告人の人權を保護するゆえんではないからである。それ故、かかる因果關係の不明な自白は、因果關係の存することが明白な自白と共に、おしなべて證據力を有しないと解すべきである。しかしながら、(三)既に第一審公判廷においてした自白をそのまま第二審公判廷においても繰返している場合が往々存するのであるが、第一審公判廷における自白當時には未だ不當に長い抑留又は拘禁が存しなかったときはその自白は前記條項に包含されないことは勿論、引續きその自白を繰返している第二審公判廷における自白當時には假に不當に長い抑留又は拘禁が実存していたとしてもこの自白は、特別の事情がない限りその原因が不當に長い抑留又は拘禁によらないことが明かと認められるから、前記條項に包含されないものと解すべきである。言いかえれば、自白と不當に長い抑留又は拘禁との間に因果關係の存しないことが明かに認め得られる前記場合においては、かかる自白を證據とすることができると解釋するを相當と考える。

さて、本件において原判決が證據として採った被告人の自白は、昭和二二年六月一九日原審第二回公判廷においてなされたものであるが、被告人は昭和二一年一一月二〇日勾留に附せられ既に昭和二二年一月二八日第一審第二回公判廷において同様の自白をしている。本件は最初四名の共同被告があり相當複雜な事件で又相被告人の不出頭、病氣、延期申請等の事由で審理が延びたのであって、必ずしも不當に長い拘禁の後に原審自白がなされたとはいえないのであるが、假にそう言い得るとしても、前記のごとく第一審公判廷における自白がなされた當時においては不當に長い拘禁は実存しなかったのであるから、結局前記解釋の示すとおり本件原審の自白は前記條項に該當しないものである。されば論旨は理由がない。

同第三點について。

刑訴應急措置法第一二條は、證人その他の者の供述を録取した書類又はこれに代わるべき書類は、被告人の請求があるときは、その供述者又は作成者を公判期日において訊問する機會を被告人に與えなければ、これを證據とすることができない旨を定めているが、その趣旨は被告人の請求があることを前提とするに過ぎないものであって必ずしも常に裁判所が積極的に被告人に對してかかる書類の供述者又は作成者を證人として訊問することを得る旨を告げることを義務として要請するものと解すべき理由は存しないのである。從って論旨は採用するに足りない。(その他の判決理由は省略する。)

よって、裁判所法第一〇條第一號、刑訴第四四六條に從い主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員の一致した意見であって、真野裁判官の起草したものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例